げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

令和は双極性障害との共存共栄を目指す

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平成は自分にとって、どんな時代だったか?

一言で言えば「双極性障害に翻弄された」時であった。

そんな中でも、結婚することができ、ふたりの子供が与えられ、無事に巣立ってくれたのは幸運だったと言うしかない。

クリスャン的な表現をするなら、神の恵みである。

双極性障害ゆえのしこりはある

躁うつのサイクルが短くなり、その波も激しくなり、自分でもこれはおかしいな…と思うようになったのは、ちょうど子供たちが、思春期のころ。

双極性障害じゃないか?と思ったものの、それから10年、精神科を受診することはなかった。

出来るだけ、躁うつの波で家族に迷惑をかけないように、特に子供たちの前では荒ぶらないようにと心がけてはいたが、果たしてどうだったか…

少なくとも長男は私に対して何かしらのわだかまりを持っているのは明らか。

私が双極性障害の症状を上手くコントロール出来なかった結果であれば残念なことである。

双極性障害の治療を本格的に始めたのは子供たちが巣立ってから。

もっと早くに治療を始めていれば、子育てももう少し上手く出来たのではと思わなくもないが、過ぎ去ったことを悔やんでいてもしょうがない。

子供たちとの関係に関しても、これからを大事にしていきたい。

幸い、夫婦関係は今のところ上手くいってる。

以前、躁うつの波が激しくなってからは、特に「うつ」の期間に、もう離婚だの、もう死ぬだの言って妻を困らせていたものである。

そんな私を見捨てなかった妻には心から感謝している。

双極性障害を無駄にしない

「令和」になって1ヶ月。

まだフルタイムで働けるほどには回復してないが、日常生活と半日労働が出来るまでにはなった。

平成は双極性障害に翻弄されるばかりだったが、令和は双極性障害と共存、願わくば共栄したいと思っている。

もちろん、双極性障害が完治するなら、それが一番望ましい。

ただ、現時点では双極性障害は寛解はあれど完治はない病気とされている。

双極性障害を治そうとするよりも、双極性障害と上手く付き合うことを考えていくほうが生産的だ。

そして、自分が双極性障害になったことは決して無駄ではなかった。

むしろ、双極性障害を患ったからこそ、自分の人生は豊かになったと言えるようになりたい。

ただ、絶対にそうならなければと思うと、しんどいので、そうなればいいよねぇ、という軽い気持ちでぼちぼちと歩いていこうと思っている。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(新約聖書 ローマ人への手紙 8章28節)