げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

「うつ期」は「うつ期」なりに工夫して生きるしかない

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フラフラしながらも、午後からの仕事をなんとか終えることが出来た。

軽い「うつ」の時でも出来るであろうと始めた配達の仕事。

genten.hateblo.jp

実際今のところなんとか出来ている。

何もしてなくても疲れる

しかし、軽うつ時の労働はなかなかツラい。

配達の仕事は午前と午後。

労働時間は午前午後合わせて4時間。

実質半日仕事である。

仕事の内容も単なる弁当配達。

ルート配送なので簡単で楽。

なはずなのに、なぜ、こんなに疲れてしまうのか?と自分でも不思議なぐらい疲れてしまう。

まあ、朝起きた時から、すごく疲れていることが多いのが「うつ期」。

心が疲れてるだけてなく、まぶたが二重、三重になるなど肉体にも疲れの兆候が現れる。

それもまた不思議である。

「うつ」なりに仕事に取り組む

集中力、思考力、判断力なども減退するので、「うつ期」の仕事は普段よりも慎重に取り組まなければならない。

車の運転はいつもよりゆっくり。

おじいちゃん、おばあちゃんのペースで。

集金の時は簡単な計算も出来なくなり、パニクることも少なくない。

電卓は必須だ。

電卓はスマホのアプリを利用するので、忘れることはあまりないが、スマホはドライブレコーダーとしても使用してる。

充電具合は要注意。

他にも自分なりに注意したり、工夫したりしている。

薬物治療は怠ることなく

今のところ、私には半日の弁当配達でいっぱいいっぱい。

双極性障害を患いつつも、社会の第一線で活躍している人は本当に凄いなと感心する。

薬物治療を受けて回復し、社会で活躍されてる方がほとんどかと思う。

しかし、アーティスト系の人では、あえて双極性障害の治療はせず、「躁(そう)」の力を利用して、多くの作品を生み出している人もおられるそうな。

「躁」の後の反動を考えると、そんなスタイルで芸術活動には危うさを感じる。

けれども、それはそれで、その人の選ぶ人生。

とやかくいうつもりはない。

ただ、私自身は「躁」と「うつ」の波に揉まれての地獄の苦しみはもうこりごり。

この苦しみから解放されるなら違法な薬物にでも手を出したいと思ったぐらいだったから。

なにより、妻に迷惑をかけるし。

なので、私には治療を受けないとか、治療を止めるという選択肢はない。

軽躁の時に味わった多幸感などの気持ち良さをもう味わえないのは、少しだけ残念な気はする。

実際、薬物治療でやや低めで精神的に安定した時はなんとなく物足りなさを感じた。

ただ、多幸感を得るためだけに、せっかく手にした穏やかな生活を捨てるのは愚かすぎる。

低めでの安定も慣れて来る。

例年通りだと「うつヌケ」は梅雨明けぐらい。

まだ、しばらくはしんどいかなと思う。

抜けない梅雨(つゆ)はない。

抜けない「うつ」はない。

そのことを信じて、フラフラでもいいから、前を向いて進んで行こう。