げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

真の「ぼっち好き」に「ぼっち席」なんて必要ない

f:id:tkoki777:20190909213557p:plain


ガストが「お一人様席」を設置したことが話題となってるようだ。

メディアがそれを「ぼっち席」と呼んでるらしく、その響きに気分を害してる人もいるらしい。

世間が一人で外食することを可哀想なこととみなしているようで嫌なのだろう。

ただ真の「ぼっち好き」は「ぼっち席」なんて利用しないと思う。

少なくとも自称「ぼっち好き」の私に「ぼっち席」は必要ない。

そもそも外食なんてしないのだから。

今は妻が一緒だから、レストランとか回転寿司とかに行ったりするけど一人だったら絶対に行かない。

スーパーの惣菜か、レトルト食品、缶詰で済ませることだろう。

出来るだけ人を避けて生きていきたいと思ってるのにワザワザ人の集まる場所に行く必要はない。

と、ぼっち好きを標榜する私ではあるが、子供の頃は、そんなにぼっち好きでもなかったように思う。

ぼっち好きになったキッカケは小学生の高学年の頃から「読書」にハマったことにある。

昼休みにクラスメートと運動場で遊んだりするよりも、図書館で黙々と活字を追うほうが楽しくなったのだ。

傍目から見たら、昼休みにひとり図書館で過ごしていると、友達がいないのかな?一人で可哀想だな?なんて思われていたかもしれない。

しかし、本人としてはそれは至福の時であり、何人たりともそれを侵してはならない、神聖な時だった。

とはいえ学生時代は「ぼっち」に引け目を感じ、孤独感を覚えることもあった。

昼休みはひとりで図書館で過ごすようになってから、友人との付き合いは少なくなっていった。

良くも悪くも自分にとって「本」が一番の友だちだった。

高校生ぐらいになると同級生と考え方や価値観に大きな違いが生じ、友人と言える人はほぼ皆無となった。

しかし、学生時代は否が応でも集団の中で過ごさなければならない。

集団の中での「ぼっち」を楽しめるのは「ぼっち」の上級者。

私はまだそこには達してなかったので、孤独感にさいなまされたりしたわけだ。

しかし、今は集団の中で過ごさない選択も出来る。

無人島で生活しない限り、まったく人と接することなく生きることは出来ないけれども、仕事を選べば、最小限の人付き合いで済ませられる。

私の場合は「双極性障害」でストレス耐性も低いので「ぼっち」を楽しむための環境を整えることは「双極性障害」の症状が悪化することの予防にもなるので、一石二鳥。

私たち人間は基本的に「ぼっち」でこの世界に来て「ぼっち」で去っていく。

私は、さらに「ぼっち」を極めたいのである。