げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

今度は動き過ぎに注意。調子に乗らないようにしないとだ・・・

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5月の後半に「うつ」に入ったことを自覚してから約1ヶ月半。

だいぶ動けるようになって来た。

どうやら「うつ」に入ったようで… - げんてんかいき

今朝は6:30に起床し、日課の犬猫の世話。

それから昨晩から、更年期障害と思われる症状で体調が思わしくない妻に代わり、家の掃除や公民館の掃除。 

その後、教会の礼拝へ。

先週は椅子に座ってるだけでもしんどかったが、本日は奉仕も含めて楽に出来た。

礼拝後は昼食に焼きそばを作り、食後はたまった可燃物を車に積んでゴミ処理場へ。

とりあえず朝7:00から午後2:00までは横になることなく動くことが出来た。

フツーの人にとっては、それぐらい何?ということ。

しかし、数日前まで「軽うつ」で、2時間動いては3時間は横になる生活だった。

なので、かなり動けたほうである。

体力的には、まだまだ全然動けそう。

ただ、昨晩、あまり眠れてないわりには元気で、軽やかに動ける時は要注意。

なぜならそれもまだフツーの状態ではなく「軽躁」だからだ。

「そう」の時期に調子に乗って動き過ぎると、次なる「うつ」が重くなるのはお約束。

だから「軽うつ」の時期と「軽そう」の時期の活動量に大きな差が出ないようにセーブしなければならない。

「軽うつ」の時はしんどくて30の力しか出ないように思えるけど、そこを少し頑張って50の力を出す。

「軽そう」の時は余裕で100の力で動けるけど、そこを70ぐらいにセーブする。

すると「躁」の時と「鬱」の時の差は20。

これが「鬱」の時に30、「躁」の時に100となると差が70になる。

そうなると続く「躁」と「鬱」の波が大きくなり、翻弄されてしまう。

それは分かってるが、どうせまた動けなくなるのだから、動けるうちにあれもこれもと思ってしまうのが厄介。

「うつ」の時に動かない身体で動かすのはもちろんキツいけれど、「そう」の時に動く身体を動かさないようにするのも、また違った意味でキツい。

今は「軽躁」に入ったばかり。 

あと数日で終わる可能性もあるが、これからテンションがもう少し上がるかもしれないの気をつけなけらばならない。

まあ、それでも薬物治療を始める以前よりは活動量をコントロールが楽にはなった。

病識がなかった頃は活動量を自分でコントロールするなんて考えなかったし、病識を持っても、薬物治療なしにそれを実行するのは困難を極めた。

そんな体験も今となっては思い出となりつつあるが、治療を受ける前の状態がどんな感じだったかを簡単でもいいから、記録したほうがいいかな?と思っている。

そうすることで、絶対にあそこには戻りたくないという思いを新たにでき、今後も油断することなく治療を継続して行けるのでは?と思うのである。