げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

「神のあわれみ」と「とりなしの祈り」

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聖書通読箇所

創世記19章

2人の神の使いがソドムの町に入り、アブラハムの甥であるロトに、神がソドム(とゴモラ)の一帯を滅ぼそうとしていることを告げる。しかし、ロトが避難するのを思いあぐねているので、神の使いは半ば強引にロトとその妻、そして2人の娘を町の外へと連れ出した。

注目聖句

彼はためらっていた。するとその人たちは、彼の手と彼の妻の手と、二人の娘の手をつかんだ。これは彼に対する主のあわれみによることである。その人たちは彼を連れ出し、町の外で一息つかせた。(創世記19:16)

考察

ペテロの手紙によるとロトは「不道徳な者たちの放縦なふるまいによって悩まされていた正しい人」(第Ⅱペテロ2章7節)であった。

しかし、彼に対して神が「あわれみ」を示されたのは、その彼の「正しさ」だけとは思えない。

というのも、創世記18章23~32節においてアブラハムが神の使いに、ソドムの町を滅ぼされないようにとしつこく執り成しているからだ。

彼は最終的にソドムに10人の正しい人がいれば町を滅ぼすことはしないとの約束を取り付ける。

残念なことにソドムには10人の正しい人もいなかったので、結局滅ぼされることになるのだが、その中、ロトとその家族に「神の憐れみ」が施されたのは、アブラハムの祈りに負うところも大なのでは?

彼の祈りがあればこそ、神の使いの言葉を信じかねて、逡巡するロト、そしてその家族を無理やりにでも救われたのではなかろうか?

所感

神は私たちの祈りに心を動かされる。そして、祈られる側の生活に影響を与える。そのことを堅く信じ続け、愛する人々のために祈り続けよう。