げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

永遠の未来のために「今」を生きる

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聖書通読箇所

創世記25章

アブラハムがその妻サラの死後に迎えた妻ケトラによる子孫について。アブラハムの死。アブラハムの妻のひとりハガルによって生まれたイシュマエルの子孫について。イサクに妻リベカによって双子の兄弟エサウとヤコブの誕生。弟ヤコブ、兄エサウから長子の権利を得る。

創世記26章

神はイサクに現れてアブラハムとの契約を更新する。イサク、保身のために妻リベカを妹と偽り、父アブラハムと同じ過ちを犯す。イサク、次々に井戸を掘り当てる。ゲラルの王アビメレクと友好条約を結ぶ。

注目箇所

エサウは、「見てくれ。私は死にそうなのだ。長子の権利など、私にとって何になろう」と言った。(創世記25章32節)

考察

猟師だった兄エサウが猟から疲労困憊して帰ってきた時、弟ヤコブは食物と引き換えに「長子の権利」を譲れと迫った。

あまりの空腹に兄エサウはそれを承諾するのだが、彼のこの行為はヘブル人への手紙の著者によって「一杯の食物と引き替えに自分の長子の権利を売った」(ヘブル12:16)と一刀両断される。

エサウ自身、これについては後悔していたようで、弟ヤコブに騙されたとずっとわだかまるものがあり、後に弟ヤコブを殺害を案じる一つの要因となる(創世記27:36,41)。

ちなみに「長子の権利」とは、父の死後に他の兄弟より2倍のものを相続できる権利であった(申命記21:17)。

ファイヤーバイブルによると「長子の権利」には以下の3つが含まれる。

  1. 霊的な指導権と家族の長になること
  2. 二倍の相続権
  3. 神がアブラハムに約束された祝福を主張する権利

上記からも分かるとおり、長子の権利はただ単に物質的な祝福を約束するものではなく神の特別な霊的祝福を象徴するものでもあった。だからこそ、エサウがその行為のゆえに神の霊的な祝福を軽んじた者として「淫らな者、俗悪な者」(ヘブル12:16)の代表とされるのであろう。

弟ヤコブが兄エサウを騙すようにして「長子の権利」を奪い取ったこと自体は褒められたことではない。しかし、聖書中においては、彼が単に地上における2倍の財産が欲しいということではなく、貪欲なまでに「神の祝福」を求めたことが評価されているように思われる。

所感

エサウは今目の前に見えるモノにしか思いを向けなかったけれども、ヤコブはまだ目には見えない(神の祝福の約束に基づく)将来にモノに目を向けていた。

私も主にあって、目の前に見える何かに思いを向けるのではなく、永遠という将来に目を向けて、今日という日を、今という時を過ごしていきたい。

私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。(コリント人への手紙第二4章18節)