げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

偶像と汚れを除き去れ

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聖書通読箇所

創世記34章

  • ヤコブの娘ディアが滞在地の首長の息子シェケムに犯されてしまった。そのことに激怒した兄のシメオンとレビは策略を巡らし、シェケムだけでなく町の男の全てを殺した。

創世記35章

  • 神が再びベテルでヤコブに現れ、彼を祝福される。
  • 妻のラケルが末子ベニヤミンを産むも、本人は難産のために死んでしまう。
  • イサクの死(享年180歳)

注目箇所

あなたがたの中にある異国の神々を取り除き、身をきよめ、衣を着替えなさい(創世記35章2節)

考察

滞在中の地で妹ディナが犯されたことで激怒した兄たち。

特にレビとシメオンの怒りは激しく、妹を犯した人物だけでなく、町に住む全ての男たちを殺してしまった(創世記34章)。

そのために、その地に滞在し続けることが出来なくなったヤコブたちであったが、そんな時に、神はベテルに行くように命じられる。

ベテルは20年前、ヤコブが失意のうちに故郷から旅立ってすぐ、神が夢の中で彼に現れた場所である。

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ヤコブはベテルに向かうにあたり、自分の家族と、自分に同行しているすべての人に2つのことを命じた。それは(1)偶像を捨てなさい(2)身を清めなさい、である。

ヤコブ自身は偶像礼拝をしてはいなかったが、家族を含め同行する全ての人がそうではなかったようである。

これから新たな人生を歩む上で、さらに強固な神の守りと祝福を受けるためには、共同体の中の偶像や汚れがあることが障害になることを感じたのであろう。

その時、神が命じられたわけではなかったが、率先して共同体から偶像と汚れを取り除くように指示した。

教会は霊的なイスラエル、神の共同体である。

その共同体の中で、自分だけが神に忠実であればよいわけではない。

共同体全体が神に対して誠実かつ忠実でなければならない。

それが共同体全体が神の豊かな祝福と守りを受ける上で大切なこと。

教会の中にあからさまな偶像礼拝があることは少ないだろう。

しかし、神よりも大切にしているものが教会にあるならば、また、神に喜ばれない言動が教会の中にあるならば、それは偶像礼拝でありまた汚れである。

それは教会が神の祝福を受ける上での障害になる。

私たちはそれらを徹底して取り除く必要がある。

所感

自らが祝福されるためだけに偶像や汚れを取り除くのではない。

教会全体の祝福のために、自らの生活から偶像や汚れを取り除くのである。

そのような意識をもって、これからのクリスチャン生活を歩みたい。

取り組むことは同じかもしれないが、単に自分のためなのか、それとも教会全体のためなのか、という動機の違いはそこから得るものにも違いを与えるのではないだろうか。