げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

全てを働かせて救われる神

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聖書通読箇所

創世記37章

ヤコブがヨセフを溺愛したこと、また、ヨセフも兄たちの気分を逆撫でするような言動をしたことで、兄たちは彼を疎ましく思い、ついに奴隷商人?に売り飛ばしてしまう。

注目箇所

兄たちは彼をねたんだが、父はこのことを心にとどめていた。創世記37章11節

考察

少年ヨセフは印象に残る夢を見たので、そのことを兄弟や父親に得意げに話した。

その内容はヨセフが家族の中の誰よりも高くされるとのメッセージが込められているものだった。

無論、兄たちはそれを聞いて憤慨した。

ヨセフを溺愛していた父ヤコブでさえ、その事に関しては彼を叱った。

その時のヨセフはよっぽど調子にのっていたのだろう。

しかし、父ヤコブはヨセフを叱ると同時に、彼が見た夢には何か意味があるのかも…と心に留めた。

おそらく、それは自身が夢の中で神のメッセージを受け取った経験があったからであろう。

その後、ヨセフは彼を妬んだ兄たちによって売り飛ばされ、兄たちは父ヤコブにはヨセフが猛獣に襲われて死んだように工作する。

ヤコブが再びヨセフと再会するのは、それから約20年後になる。

その間に、ヨセフはエジプトの地において宰相の地位まで上り詰める。

それは、ヨセフが少年時代に見ていた夢の実現であり、それはイスラエルとその家族を救うための布石であった。

しかし、そこに至らせるために生じたことのほとんどは否定的な出来事だった。

ヤコブがヨセフを溺愛したこと。

また、溺愛されたヨセフが調子に乗ったこと。

腹を立てた兄たちがヨセフを売り飛ばしたこと。

遡れば、ヤコブがヨセフを溺愛するようになった理由も、否定的な出来事に起因する。

しかし、それらのことがあればこそ、イスラエルとその家族はヨセフによって救われることになったのである。

まことに神のなさることは私たちの理解を超えている。

もちろん、ヤコブの溺愛やヨセフの兄たちの嫉妬自体は褒められたものではない。

けれとも、神はそのようなことさえ、ご自身民を救うために用いられたことに感銘を覚える。

所感

全てが神の御手にある。そして、神は全てのことを働かせて「選民」を救われる。

私たちが神につながり続けるためにはそのような信仰が必要である。これからも、様々なことが人生の中で起こってくるだろう。

その中には自らの過ちから発した否定的な出来事もきっと含まれるだろう。

しかし、そこで失望落胆して、神から離れるのではなく、全てのことが神の御手にあることを堅く信じ、神と共に歩むものとなりたい。