げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

神が導かれる人生

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聖書通読箇所

創世記41章

ヨセフ、ファラオの夢を見事に解き明かし、7年後に訪れるであろう飢饉に備えるよう進言する。すると、ファラオはそのための監督としてヨセフを任命する。

注目箇所

ヨセフは長子をマナセと名づけた。「神が、私のすべての労苦と、私の父の家のすべてのことを忘れさせてくださった」からである。(創世記 41章51節)

考察

ヨセフがファラオに仕える献酌官と料理官の夢の解き明かしをしてから2年後。

不思議な夢を見たファラオは胸騒ぎを覚え、その解き明かしを求めて霊能者や知恵者を集めるも納得のいく答えを得ることは出来なかった。

その時に、ファラオに仕える献酌官が、ふと、2年前に自分の夢を解き明かしてくれたヨセフのことを思い出し、そのことをファラオに話す。

ここからヨセフの人生は一変することになるわけだが、それにしてもである。

献酌官に王へのとりなしを求めたものの、それを反故にされての2年間、ヨセフはどのような思いで過ごしていたのだろう。

おそらく、悶々とした日々を送っていたことは想像に難くない。

もう、自分は一生このままなのだろうか?と人生に失望していたかもしれない。

しかし、ヨセフの真の使命はここからであって、今までのことは、その使命を果たすための準備期間であり、実に13年間に及ぶ訓練の期間だったのだ。

長いと思うかもしれないが、モーセはその使命を果たすにあたり、40年という歳月を要したのである。

所感

世の中は自分の人生、自分のために生きろ!と声高に叫ぶかもしれない。

しかし、クリスチャンの人生はすでに神に明け渡されたものである。

私たちがそのことを信じて、日々神のみこころを求めて生きていれば、神ご自身が私たちの人生の責任を負ってくださる。