げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

全てが良かったと言える日を信じて

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聖書通読箇所

創世記44章

ヨセフはしもべに命じてひそかに末弟ベニヤミンの荷物に銀の盃を紛れ込ませた。そして、ベニヤミンがそれを盗んだと言いがかりをつけて、彼を奴隷にすると兄たちに告げたのである。それを聞いた兄たち、特にユダは自分が身代わりになるので、ベニヤミンを他の兄弟たちとともに帰らせてくれと懇願する。

創世記45章

ヨセフ、自らの正体を兄たちに明かし、まだ飢饉は続くので、父ヤコブ、全家族をエジプトに連れてくるようにと言う。

注目箇所

私をここに売ったことで、今、心を痛めたり自分を責めたりしないでください。神はあなたがたより先に私を遣わし、いのちを救うようにしてくださいました(創世記45章5節)

考察

エジプトに食料を買いに来た兄たちに、ヨセフがすぐに正体を明かさなかった理由は明記されていない。

末弟の荷に銀の盃を紛れさせて、言いがかりをつけるなどは、一見、兄たちに対する報復行為としての嫌がらせに思えるが、ヨセフが正体を明かした時の発言からするとそうでもないようである。

正体を明かした時に、自分がヨセフであることを信じることができるように、あえて、そのようなことをしたのだろうか?もしくは、兄たちが自分たちのしたことを反省しているかどうか知りたかったのだろうか?

それはともかく、ヨセフがこの時に確信していたのは、自分がエジプトに売り飛ばされたのには神のイスラエル(ヤコブ)とその家族を救うための計画だったということ、そして、兄たちの弟を売り飛ばすほどの酷い嫉妬心もまた神の御手の中にあったことである。

そのことが分かった時に、ヨセフの中にあるわだかまりは氷塊したのであろう。

しかし、このことが分かるまでに、奴隷として兄弟に売り飛ばされて以来、20年以上の歳月があった。

神様は私たちはただ苦しめ悩まそうとは思っておられない方である。全てのことに目的があり意味がある。

ただ、その理由が分かるまでには多くの時間がかかることも心に留めたい。もしかすると、生きている間にはそれが分からないこともあるかもしれない。

しかし、私たちが天国へと旅立って後、自らの人生を振り返って見れば、全てのことに神の目的と意味があったことを知ることになるだろうと信じる。

所感

 人生の中では不測の事態が多々起こってくる。それで自分の立てていた計画が崩れてしまう、描いていたビジョンが台無しになってしまうこともあるだろう。私自身、そのようなことを経験しているというか、今、その真っ只中にいる。ある意味、お先真っ暗な状態だ。どうして?なぜ?こんなことが?と思えばきりがない。ただ全てが神の御手にあることを信じよう。終わりの日、人生を振り返った時に全てが良かったと言えることを期待しつつ今日を生きよう。