げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

神が与えるビジョンに生きる

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聖書通読箇所

創世記48章

  • 病気になった父ヤコブを見舞いに来たヨセフとその2人の息子。ヤコブは彼らのために祝福の祈りを捧げる。

創世記49章

  • ヤコブは臨終の床で息子たちを呼び、それぞれに相応しい祝福の言葉を与える。そして、自らの埋葬について指示して後、息絶える。

創世記50章

  • ヨセフ、父ヤコブのために荘厳な葬儀を執り行う。
  • ヨセフ110歳で死ぬ。

注目箇所

私がエジプトのおまえのところにやって来る前に、エジプトの地でおまえに生まれた、おまえの二人の子は、今、私の子とする。エフライムとマナセは、ルベンやシメオンと同じように私の子となる。(創世記48章5節)

考察

ヤコブは息子ヨセフのふたりの子どもを、自分の子(養子?)にすると言った。この時より、ヨセフ族はマナセ部族とエフライム部族に分かたれ、それぞれがイスラエルを構成する部族の一つとなる。

なぜ、ヤコブがそんなことをしたのかは明記されていない。おそらく、これはにモーセの時代、レビ部族は神の幕屋(神殿)に奉仕する特別な部族とされ、相続地を持つことが禁じられることと関係しているのであろう。ということは、ヤコブはその時に備え、自分のなすべきことをしたということになる。

ヤコブには主から与えられたビジョンがあった。それは自分の人生だけで終わるのではなく、その子孫へと受け継がれるビジョンだった。それがゆえに、彼はそのビジョンが自分が生きている間に目に見える形で具体化しなくとも、それに備えて自分がなすべきことを主に示されてすることができたのではないだろうか?

所感

クリスチャンの持つべきビジョンは神が与えられるビジョンであり、それは次世代に受け継がれるものである。私はそのようなビジョンを持っているだろうか?またそのビジョンのために今自分がなすべきことは何であるかをしっかりと掴んでいるだろうか?自らの人生を省みる時を持とうと思う。