げんてんかいき

趣味は「聖書通読」ですが、何か?

本質が出る時に、神の性質が現れることを願うばかり。

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普段は分からなくても、何か事が起こった時にその人の本質が垣間見えてしまうことがある。

つい最近ではローマ教皇フランシスがその良い例ではないだろうか。

昨年の大晦日のこと。

教皇フランシスコは、多くのカトリック信徒の間を歩きながら挨拶をしていた。

そんな中、あるアジア系の女性が不意に彼の手掴んで引っ張った。

教皇はそれで少しよろけてしまうのであるが、女性は教皇に何かを訴えつつ、彼の手を離そうとしなかった。

それに対して教皇フランシスコは怒りを露わにし、女性の手をパチパチと数回叩いて、その手をふりほどいたのだ。

この教皇フランシスコの行為に対して多くの人は擁護的発言をしている。

確かにアジア系の女性のしたことは、高齢の教皇にとって危険を伴うものであった。

もしかすると教皇も何らかの痛みを感じたのかもしれない。

しかし、それにしてもだ。

普段、にこやかに振る舞ってる教皇と、あの時、一瞬にして、鬼の形相になり、しかも、相手の手を叩いてそれを振りほどこうとする様には大きなギャップがあった。

個人的にはあれがフランシスコ教皇の素の部分なんだろうなとの印象を受けた。

人間、表面的な部分なんていくらでも取り繕える。

でも、いざ自分の身に何か悪いことが降りかかって来ると、その人の本当の人柄が見えて来る。

あのことで、教皇フランシスコは実は短気で尊大な人なのかもしれないと思われても仕方がない。

と、私だって人の事は言えない。

自分もあれぐいの年齢になって、あのようなことをされたら、同じことをしているのでは?

と思わないでもない。

しかし、そんな素の部分が変えられることこそ、クリスチャンとして日々新たにされていることの証だとも思う。

なので、これから何か私を不快にさせる出来事がふりかかって来た時、私の素の部分が出ざるを得ない状況になった時に、そこにキリストの似姿が現れるものとなるべく、祈りとみことばに励みたい。

また、昨今ではアンガーマネジメントに関して、一般でも良書があるらしいので、そのようなものも参考になるだろう。

怒らない習慣力

怒らない習慣力

  • 作者:種市 勝覺
  • 出版社/メーカー: WAVE出版
  • 発売日: 2019/05/16
  • メディア: 単行本